2020.11.11|コーヒー|
苦味がホントに好きなのかな…?
浅煎り豆を淹れるようになってから、「できるだけ、苦味を出さないように淹れる」ことに注意しています。
でも、ずっと長い間、コーヒーは苦いのが好きと思っていました。
1990年代、苦味に囚われていた
仕事のお供をしてくれるコーヒーは、大きめのマグにたっぷり注いだ熱々のコーヒー。だんだん冷めてきて、苦味が鋭くなって渋くなって口に含むと「あ、不味い…」と思うんだけど、そのまずいコーヒーを飲みながら徹夜仕事をするのが、ちょっとかっこいいと思っていました。まさに昭和から続くワーキングスタイルですね。
でかいマグカップになみなみ注がれたコーヒーを、最後まで美味しいと思ってのみきることなんてなかったと思うんですよ、実際。
でもコーヒーって、こういう “不味さが美味い” みたいなところがある(あった)と思う。苦味って、初めは拒絶しちゃう味覚なんだけど、慣れると “苦くても飲めちゃう自分に満足” できるようになるんだもん。
喫茶店でコーヒーを注文するときも、「苦味ブレンド」と「酸味ブレンド」があったら、絶対に「苦味」の方を選んでいました。コーヒーが好きなら、コーヒーの苦味を好まなくてどうする! ぐらいの気持ちだったのです。もっと言うなら、「苦いコーヒーをブラックで飲める自分が誇らしい」ぐらいに思っていたものです。
コーヒーは苦味だと、どうして思ったのだろう?
苦味の強いコーヒーといえば、濃くて滑らかで、苦味の周りに甘味や香ばしさが絡まっているような複雑な味わいを持つ深煎りネルドリップ。この深煎りネルドリップは、昭和中期に現れた日本のコーヒーのフロンティアたちが、創意工夫を重ねた上に産み出した日本独自のコーヒー文化です。
昭和の時代に、大手商社が輸入・焙煎したコーヒー豆をそのまま使うのではなく、再度、煎り直したり(※1)、少量ずつ焙煎できる焙煎機を自作したりして、コーヒー豆の自家焙煎という道を開きました。深煎り豆の香気の元となるコーヒーオイルを逃さずカップに導くために、ネルを使ってじっくり抽出。今では当然のことのように行われている「1杯ずつ淹れる」というやり方もこのころに確立しました(※2)。
※1 コーヒー豆は深く焙煎するほど水分が抜けて軽くなります。なので、重さを保つため浅煎りで売買されることが多かったそうです。
※2 21世紀の初め頃まで、フィルターコーヒーを「1杯ずつ淹れる」コーヒー店は、日本にしかほぼなかったのです!
日本ならでは深煎りネルドリップコーヒー、その味わいの核は苦味だけれど、その苦味は深い焙煎によって生まれる甘味に支えられ、コーヒー豆が持つ酸味も潜んでいる……コーヒーの匠といえる人々が創造した深煎りネルドリップコーヒーは、生豆の特性を掴み、入念に管理し、真摯に抽出されたものでした。高度な焙煎・抽出技術をもったお店で出てくる深煎りコーヒーは、苦味の旨さを堪能させてくれます。
でも、しっかり焙煎された深煎り豆を、きちんとした丁寧なネルドリップで淹れてくれるコーヒー屋さんは、とても、とてもまれです。
大手のコーヒー輸入会社や食品会社が、深煎りネルドリップコーヒーのイメージをなぞって強く焼いただけの深煎りコーヒーを、大量に派生させました。街中の喫茶店(コーヒー専門店でない)やショッピングモールのフードコートなどあちこちに、深煎りコーヒーや深煎りブレンドが現れました。
乱暴な言い方すれば、どんな品種のどの産地の、どんな品質の豆でもよく焼けば深煎りコーヒーになるし、コーヒーマシンで入れても、濃くて苦いコーヒーなら簡単にできる。一度にたくさん淹れて保温しておいても、コーヒーの苦味は減りません。
コーヒーの味を追求してできた “深煎りネルドリップコーヒー” のイメージを、大手企業や広告会社が上手に利用して、たくさん売れるコーヒーを作ったんですね。
「濃くて苦くて、ひとくちで心身が覚醒するようなコーヒー」という、かっこいいイメージがあったし、「深」「濃」という文字は、高級というか本格的な感じがする。コーヒーの味わいそのもじゃくて、様々な宣伝文句からくるイメージにとらわれていたし、よくあるコーヒーのほとんどは、ちょっと苦いか、苦いか、すごく苦いぐらいの違いしか感じられなくて、甘さやコク、産地に由来する酸味の違いなどには考えが及ばなかったのです。
強い苦味のコーヒーをブラックで飲む、だってコーヒー好きだもん! ……私は、そう思っていました……そういう人って結構多いんじゃないかな…と思うのです。
広告が放つコーヒーのイメージが気に入らない
サードウェーブコーヒーやスペシャルティコーヒーの広がりによって、世界中の個性的なフレイバーのコーヒーを手に入れることが可能になってきました。豆の産地を農場から選ぶこともできるようになったし、焙煎の度合いや抽出方法も様々に組み合わせて楽しめます。
コーヒーの世界はものすごい広がりを見せているのに、大手企業の利益優先の販売・宣伝方法によって、多くの人に広がる情報が偏っていると感じています。
コーヒーチェーンやコンビニエンスストア、コーヒー飲料を大量生産・販売してる大手食品・飲料メーカーが、苦味、コク、まろやかさといったようなキーワードをコーヒー飲料の広告媒体で使っています。炭焼きとか、直火焼きとか、缶コーヒーなのにネルドリップとか、挽きたてとか、奇妙な特徴を持ったコーヒー飲料もあったりします。
コーヒーのイメージからキーワードを取り出して自由自在に組み合わせ、「日本人が好きなコーヒーは、苦味とコクのあるコーヒーなんですよ〜」と、呼びかけているのが気に入らないのです。
コンビニエンスストアやファーストフード店に、お手軽価格のコーヒーが出現して、コーヒーを飲む人を増やしているのは事実ですが、同時に、大手企業が作りやすくて売りやすいコーヒーへと、イメージをコントロールしているような感覚がイヤなのです。
よく行く比較的焙煎浅めのコーヒー屋さんで、「酸味が苦手で…」、「苦味のあるコーヒーが好き」と言ってるお客さんを、週イチぐらいで見かけるのが気がかりなのです。
浅めの透明感のあるコーヒーを出していたお店に、しばらくぶりに行ってみたら、明らかに焙煎が深くなっていたことが悲しいのです。